☆ぐっさんの写真日記

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カテゴリ:歴史( 93 )


2011年 06月 20日

妙法塚古墳 浜松市の古墳 5-2

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浜松市中区富塚町にある妙法塚古墳です。

富塚という名前は古墳(塚)が多いという意味だと聞かされてきました。

実際はそれほど多くは無いのですが、昔から知られていた塚が多かったということなのでしょう。


しかし富塚公民館から発行された「わが町文化誌 とみつか」という本に違うお話が載っていました。

5世紀の代に機内から東征してきた「登美の首人(とみのおびと)」がこの佐鳴湖一帯を治めていたが、死後裏山に遺骸を納め塚をつくり「登美の塚」と呼ばれ、祀られていたのが、後に「富塚」の地名になったと富塚町の両光寺に伝えられているそうです。

驚きました。

両光寺は15世紀開創で、この話が事実なら1000年もの間、民間伝承のような形で伝えられてきていたのでしょうか。5世紀の話なので文献が残っていたとは考えられませんし。

登美という地名が機内にあるのか調べてみました。実際に奈良にある地名で日本武尊の伝説にもとづく由緒正しい地名だそうです。


ここまで調べると「登美の首人」の話が真実であると思えてしまいます。


しかしもっと調べてみると。


富塚という地名が文献に現れるのも15世紀だったようで。

そして「登美の首人」の話が文献に現れるのは1700年代、18世紀の話だそうです。。。


江戸時代の国学が盛んな時代に、学者さんが残した伝説だったのでしょうか。

浜松市は国学の学者、賀茂真淵の出生地であり、私塾が開かれ国学が盛んだったようですから。


真相はわかりませんが「登美の首人」の話は興味深い話です。





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by gussannda | 2011-06-20 12:01 | 歴史 | Comments(0)
2011年 05月 31日

陣内平古墳群 浜松市の古墳40-2

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浜松市北区細江町にあった陣内平古墳群のデータです。





名称:陣内平第1号墳
形状:帆立貝式前方後円墳
築造年代:5世紀後葉
規模:
説明板。全長15.4m。後円部径12.2m。高さ2.2m。前方部幅6.6m。
新聞発表。全長17m。後円部径10m。高さ1.5m。前方部幅5m。
出土品:須恵質の円筒埴輪、朝顔形埴輪。土師質の円筒埴輪、朝顔形埴輪。人物頭部、塵尾(しゅび)、帯、力士埴輪、楯形埴輪、家形埴輪、飾馬形埴輪、イノシシ型埴輪、ニワトリ形埴輪、土師器、須恵器。



名称:陣内平第2号墳
形状:円墳
築造年代:下位埋葬壙は弥生時代後期か古墳時代前期。
規模:直径11m。高さ0.5m。
主体部:上位埋葬壙、下位埋葬壙共に木棺直葬。
出土品:下位埋葬壙より壷型土器が破砕された状態で検出。



名称:陣内平第3号墳
形状:円墳
築造年代:6世紀末~7世紀初頭。
規模:南北9m。東西10m。高さ0.9m。
主体部:深さ34cmの竪穴式石室。
出土品:直刀、刀子、鉄鏃、杯、砥石、管玉、須恵器片、土師器片。



名称:陣内平第4号墳
形状:円墳
築造年代:7世紀末~奈良朝。
規模:南北9m。東西7.5m。高さ0.4m。
主体部:不明
出土品:木棺の一部、鉄釘、土師器片。


位置情報:N34 48 26.508,E137 41 39.432
復元された古墳の位置


<参考>
神内平古墳群 細江町教育委員会 2005






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by gussannda | 2011-05-31 16:42 | 歴史 | Comments(0)
2011年 05月 28日

陣内平古墳群 浜松市の古墳40-1

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浜松市北区細江町にかつて存在した陣内平古墳群です。

宅地造成のため、すべて破壊されてしまい、一基は復元され公園の中に残っています。

この古墳群は情報が錯綜していてレポートしづらい古墳群なのです。

なぜそうなったのか原因はわかりませんが、あまり有名では無い原因はその辺にあるのだと思います。

2005年に細江町教育委員会より発刊された発掘調査書では「神内平古墳群」と表記されています。

このあたりもよくわからないところです。


この調査書を参考にレポートしてみようと思います。

1号墳は帆立貝式前方後円墳です。

規模は説明板と新聞発表に少し差があります。

2号墳は直径11メートルの円墳で埋葬壙が二つ重なって発掘されました。

下位埋葬壙は弥生時代か古墳時代前期のものだったそうです。

3号墳は東西10メートル、南北9メートルの円墳でした。

主体部は破壊を受けていましたが竪穴式石室だったそうです。

私の知る限り浜松市で唯一の竪穴式石室ですが、格の高さを示すようなものでは無いようです。

4号墳は小さな円墳でした。

主体部は破壊を受けていてどのようなものだったかわかりませんでしたが木棺の一部が発掘されました。

他に二ヶ所、古墳の可能性がある場所が発掘されました。

しかし一ヶ所は発掘しても古墳の形跡が認められず

もう一ヶ所は弥生時代の土壙だったそうでサワノカミ稲荷遺跡と呼ばれていました。







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by gussannda | 2011-05-28 01:51 | 歴史 | Comments(2)
2011年 05月 22日

白山神社古墳(三ヶ日町) 浜松市の古墳39

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浜松市北区三ヶ日町にある白山神社古墳です。

浜松市の古墳シリーズで白山の名がつく古墳は3基目ですね。

この日は浜松市の文化財地図を片手に三ヶ日町を車で走り、四つの古墳をまわったのですが

現存していたのは、この古墳だけでした。

三ヶ日町の古墳はみかん畑を造るために、ほとんどの古墳が重機などで破壊され

現存しているのは10基以下ではないかと言われているそうです。


今の時期はみかんの花が咲いていて、良い匂いがする中を古墳を探すために歩き回ってきました。

それはそれでいいものですね。


白山神社古墳は調査が行われておらず、古墳の形状や規模がはっきりとわかりません。

しかし盛土は良い感じで残っていて、見つけた時はうれしかったです。

もし円墳であれば直径は20メートル弱くらいでしょうか。

「浜松市の古墳めぐり」によれば、横穴式石室を主体部とせず、一基単独で立地することから中期に遡る可能性が考えられるそうです。

後期の古墳ばかりの三ヶ日町では、現存してる古墳の中では唯一の中期古墳かもしれませんね。


猪鼻湖に突き出した山の頂上に位置しています。

この日、見つけられた古墳は1基だけでしたが

景色の良い所で、墳丘の残り具合の良い古墳をみつけることができたので

気分はとても良かったです。



名称:白山神社古墳
所在地:浜松市北区三ヶ日町津々崎地区
形状:不明
築造年代:不明
墳丘長:不明
位置情報:N34 47 46.407,E137 33 44.223



<参考>
「浜松市の古墳めぐり」浜松市生活文化部生涯学習課(文化財担当)






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by gussannda | 2011-05-22 23:39 | 歴史 | Comments(0)
2011年 05月 20日

藤ノ木古墳 奈良県生駒郡斑鳩町

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奈良県にある藤ノ木古墳です。

法隆寺の近くにある有名な古墳です。

とは言っても今回は古墳の話ではありません。


藤ノ木古墳は石室内の石棺を外から窓越しに眺められるのですが、中は照明が点いておらず真っ暗で何も見えませんでした。

フラッシュを焚いたり感度を上げれば撮影できるかもと狙ってみたのですが、石棺が見えないのでピントが全く合いません。

しかし一緒に行った友達はしっかりとピントが合って撮影できてしまったのです。

友達が使っていたレンズは50mmF1.4の単焦点大口径レンズ。

私が使っていたのはEF-S18-55mm F3.5-5.6 IS。

試しにEF35mm F2に交換してみました。

するとなんと肉眼では見えない石室がおぼろげながら見えるし、ピントも合うようになってしまったのです。

明るいレンズはこんな状況で強いんですねえ。

撮影できて良かったです。





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by gussannda | 2011-05-20 22:36 | 歴史 | Comments(0)
2011年 05月 01日

狐塚古墳(北区細江町)  浜松市の古墳38-1

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浜松市北区細江町にある狐塚古墳を撮影してきました。

現地説明会があったらしいのですが、日曜日が休みと決まっていないのでまったくチェックしておらず

ネットに情報が流れ出してから気づきました。

で地図を片手に一人で行こうとしたのですが迷いに迷い

他の古墳を見つけてしまう始末。

狐塚古墳に着いた時はうれしかったです。


浜松市には方墳は、積石塚や後期群集墳など小さい方墳しか無いので

狐塚古墳は浜松市の方墳としては珍しい大型の方墳です。

半世紀ほど前に破壊をうけ墳丘は4分の1程度しか無く

埋葬主体部も残っていなかったそうです。

二段築成の墳丘で下段は山を削りだして成型し

上段は盛土で造ったそうです。

大型の古墳が数多く造られた五世紀の古墳としては小型と言ってもいいかもしれません。

葺石、埴輪、埋葬品などから大和王権とのつながりがうかがえるそうです。


引佐、細江の首長墓は4世紀中ごろの北岡大塚古墳から馬場平古墳、5世紀初めの谷津古墳と続き

一時期造られなくなり5世紀後半の陣座ヶ谷古墳が新たに造られたと言われています。

狐塚古墳は首長墓では無いようですが5世紀中葉に造られたと思われているので

首長墓が造られない時代に、この土地で大きな影響力があった人物が埋葬されていたのでしょう。




名称:狐塚古墳
所在地:浜松市北区細江町1196 番1-13
形状:方墳
築造年代:5世紀中葉
墳丘長:22m×22m
築成:二段
周壕:北側にあったはずだが確認できない
葺石:あり
埴輪列:あり
出土品:長方板革綴短甲、鉄鏃、刀剣、円筒埴輪、形象埴輪「蓋(きぬがさ)、家、靫(ゆぎ、矢入れ具)、盾、甲冑」
位置情報:N34 47 53.694,E137 39 21.153


<参考>
浜松市生活文化部文化財課の報道発表






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by gussannda | 2011-05-01 22:00 | 歴史 | Comments(6)
2011年 04月 21日

渋谷向山古墳 奈良県

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奈良県天理市渋谷町にある渋谷向山古墳を見てきました。

墳丘長は310メートルもあり全国第7位の長さです。

丘陵の先端を利用して造られたそうで、丘陵の両側の谷をせき止めて周濠を造ったそうです。

その周濠は段々畑状に造られ、いくつもの渡土堤で仕切られています。

4世紀後半にこれだけの建築を成し遂げたことに驚きを感じます。

しかも4世紀後半に造られた古墳は、この渋谷向山古墳だけではありません。

戦争の時代と言われた弥生時代に続く古墳時代は、やはり比較的平和な時代で多くの労働力が古墳建造に携わったのでしょう。


段々畑状の周濠は注目ですね。

古墳の周濠は、古墳にとってたくさんの意味を持つものと思われます。

渋谷向山古墳の周濠は様式的な面が強調されているように思えます。

興味深い古墳です。





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by gussannda | 2011-04-21 06:06 | 歴史 | Comments(0)
2011年 03月 26日

見瀬丸山古墳 奈良県最大の古墳

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奈良県最大の古墳、見瀬丸山古墳を見てきました。

墳丘長は318メートルで全国でも6位の規模を誇ります。

この古墳は陵墓参考地に指定されている範囲が後円部の墳頂付近だけなので、墳丘のほとんどを歩くことができます。

墳丘上を歩くことができる古墳としては、岡山県の造山古墳に次いで全国第2位の大きさです。


登ってみて前方部の大きさに圧倒されました。

もともとは巨大円墳と思われていて前方部は農地として使われていたようです。

航空写真で前方後円墳だと確認されたのでそれほど古くない話なのでしょう。

前方部としての形は整っているように見えますが、斜面を見るとまるで5段築成であったかのように見えます。

前方部が5段築成の古墳は聞いたことが無いので、後世に改変を受けているのでしょう。

周りの住宅と比較すると高さも思ったほど高くないように思えました。手持ちのデータで調べると墳丘長は全国6番目なのですが、高さは全国16位以下のようです。

やはり墳丘の保存状態は良くないようです。


墳丘長全国1位の大仙古墳の墳長部は直径60メートルの正円の平面があるそうですが、見瀬丸山古墳の墳長部は立ち入り禁止なので確認することができません。

横穴式石室は全長28.4メートルで全国1位だそうです。


被葬者は欽明天皇と推測されているそうです。

欽明天皇は日本に仏教が伝来した当時の天皇。

仏教伝来以前と以後で日本の文化は大きく変化しました。

後期・終末期の古墳文化にも大きな影響を与えたと思われ、このことは歴史的に重要な意味を持つと思われます。


巨大な墳丘を歩くという貴重な体験をすることができました。

この古墳を作った熱意。

この古墳の関係する古代の多くの人々。

いろいろな想像を巡らすことができました。






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by gussannda | 2011-03-26 12:29 | 歴史 | Comments(0)
2011年 02月 23日

纒向古墳群 前方後円墳発祥の地 奈良県 2

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ホケノ山古墳墳丘図 現地説明板より


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太い青い線で囲まれた部分が纏向遺跡の範囲 現地説明板より


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纏向古墳群は3世紀初めから4世紀中ごろまで栄えた纏向遺跡の範囲内にあります。

纏向古墳群は総数20基以上の古墳から成り立っていて、特に上記の6基の古墳が有名です。


6基の古墳の中で埋葬主体部まで調査されたのはホケノ山古墳のみです。

石囲い木槨が出土しました。

最古の前方後円墳と呼ばれるホケノ山古墳から、朝鮮の影響を受けたと思われる石囲い木槨が発見されたことは驚きです。

瀬戸内系や東海系の土器も発掘され、ホケノ山古墳が重要な古墳であることを思わされます。


纏向古墳群は極初期の大和王権に関係した古墳群であると思われます。

有名な邪馬台国の女王卑弥呼との関係は?

はっきりしていることは卑弥呼が生きていた時代と纏向古墳群が造られた時代が重なっているということでしょう。

纏向古墳群や纏向遺跡の発掘が進めば何かわかるかもしれませんね。





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by gussannda | 2011-02-23 10:45 | 歴史 | Comments(1)
2011年 02月 22日

纒向古墳群 前方後円墳発祥の地 奈良県 1

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ホケノ山古墳


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箸墓古墳


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東田大塚古墳


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纒向矢塚古墳


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纒向勝山古墳


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纒向石塚古墳



奈良県桜井市にある纒向古墳群へ行ってきました。

前方後円墳発祥の地と言われる古墳群をぜひ見てみたいと思いましたので。

想像を上まわる印象的な古墳群でした。





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by gussannda | 2011-02-22 02:46 | 歴史 | Comments(0)