☆ぐっさんの写真日記

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2011年 06月 20日

妙法塚古墳 浜松市の古墳 5-2

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浜松市中区富塚町にある妙法塚古墳です。

富塚という名前は古墳(塚)が多いという意味だと聞かされてきました。

実際はそれほど多くは無いのですが、昔から知られていた塚が多かったということなのでしょう。


しかし富塚公民館から発行された「わが町文化誌 とみつか」という本に違うお話が載っていました。

5世紀の代に機内から東征してきた「登美の首人(とみのおびと)」がこの佐鳴湖一帯を治めていたが、死後裏山に遺骸を納め塚をつくり「登美の塚」と呼ばれ、祀られていたのが、後に「富塚」の地名になったと富塚町の両光寺に伝えられているそうです。

驚きました。

両光寺は15世紀開創で、この話が事実なら1000年もの間、民間伝承のような形で伝えられてきていたのでしょうか。5世紀の話なので文献が残っていたとは考えられませんし。

登美という地名が機内にあるのか調べてみました。実際に奈良にある地名で日本武尊の伝説にもとづく由緒正しい地名だそうです。


ここまで調べると「登美の首人」の話が真実であると思えてしまいます。


しかしもっと調べてみると。


富塚という地名が文献に現れるのも15世紀だったようで。

そして「登美の首人」の話が文献に現れるのは1700年代、18世紀の話だそうです。。。


江戸時代の国学が盛んな時代に、学者さんが残した伝説だったのでしょうか。

浜松市は国学の学者、賀茂真淵の出生地であり、私塾が開かれ国学が盛んだったようですから。


真相はわかりませんが「登美の首人」の話は興味深い話です。





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by gussannda | 2011-06-20 12:01 | 歴史 | Comments(0)


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